のぶさんのデジカメ散歩

リタイア後の気侭な人生、デジカメ散歩を謳歌してます。
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根津・千駄木界隈散歩 ⑦

東京大学の本郷キャンパス農学部の屋上温室がある校舎前には立派な大型温室が並び何を栽培・研究しておるのか。
そして信号のある交差点を左折ししばらく進むと立派な門扉の弥生門前を通過すると道路左側に弥生美術館があります。
ここも寄らずに通過した先に上野不忍池のボート池が見えてきます。ボート池を左に迂回して上野恩賜公園内を通り抜け中央通りに出て左折すると京成上野駅があり下町散歩のゴールとなります。

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弥生門は、東京メトロ千代田線の根津駅を利用する人に便利な門です。本郷キャンパスから浅野キャンパスへいくときの最短ルートでもあり、工学部の学生や浅野地区にある情報基盤センターを使う人に利用者が多いようです。門を出てすぐのところには立原道造美術館や弥生美術館があり、講義のあとや東大散策のあとにふらりと寄ってみるのもおすすめです。ここも正門と同様、開門時間中は守衛さんが常駐しています。

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弥生美術館は、昭和59年(1984)6月1日に、弁護士・鹿野琢見によって創設されました。
昭和4年、9歳の鹿野少年は、当時一世を風靡していた挿絵画家・高畠華宵が描いた一枚の絵「さらば故郷!」と出会い、深い感銘を受けました。

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根津・千駄木界隈 : 東京都台東区
Panasonic LUMIX DMC-TZ85 光学30倍ズーム f= 4.3mm ~129mm (35mmフイルムカメラ換算 24mm-720mm)
2016.05.22 撮影
【 2016/05/31 (Tue) 】 東京下町散歩 | TB(0) | CM(0)

根津・千駄木界隈散歩 ⑥

根津神社の参拝を終えて、東京大学農学部沿いの細い道を歩き言問通り(弥生坂)を右折し上野不忍池に向かうことにする。
道路沿いの民家脇にシモツケ(下野)の花が咲き、その先にハトウハチロウー旧居跡弥生土器発掘ゆかりの地碑がある。

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乙女稲荷神社は、根津神社の社殿の左側、つつじが咲き乱れる丘?の先にあります。
朱塗りの(少し小ぶりな)鳥居が連なる奥に社殿があり、その社殿の奥にある岩窟の中に本殿があり、2体の狛狐が迎えてくれます。御祭神は倉稲魂命(うかのみたまのみこと)で、穀物の神様だそうです。

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つつじ苑の満開の画像をクリックしてご覧ください。

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根津・千駄木界隈 : 東京都台東区
Panasonic LUMIX DMC-TZ85 光学30倍ズーム f= 4.3mm ~129mm (35mmフイルムカメラ換算 24mm-720mm)
2016.05.22 撮影
【 2016/05/30 (Mon) 】 東京下町散歩 | TB(0) | CM(0)

根津・千駄木界隈散歩 ⑤

根津神社にやってきました。
根津神社は、今から千九百年余の昔、日本武尊が千駄木の地に創祀したと伝えられる古社で、文明年間には太田道灌が社殿を奉建している。 江戸時代五代将軍徳川綱吉は世継が定まった際に現在の社殿を奉建、千駄木の旧社地より御遷座した。 明治維新には、明治天皇御東幸にあたり勅使を遣わされ、国家安泰の御祈願を修められる等、古来御神威高い名社である。

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根津・千駄木界隈 : 東京都台東区
Panasonic LUMIX DMC-TZ85 光学30倍ズーム f= 4.3mm ~129mm (35mmフイルムカメラ換算 24mm-720mm)
2016.05.22 撮影
【 2016/05/29 (Sun) 】 東京下町散歩 | TB(0) | CM(0)

根津・千駄木界隈散歩 ④

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日本美術院は、1898年創立の美術家の団体であり、公益財団法人。院展は日本美術院の公募展(展覧会)の名称として現在も使われており、院展と日本美術院はほぼ同義に扱われることが多い。現在は日本画のみを対象としている。

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日蓮宗寺院の瑞輪寺は、慈雲山と号します。瑞輪寺は、慈雲院日新上人が身延山の江戸宿寺として天正19年(1591)開山したといいます。元禄年中には、不受不施派の弾圧により、天台宗へと改宗させられた感應寺(現天王寺)から、江戸十祖師の一つである安産飯匙の祖師を移しています。その後慶安2年(1649)当地へ移転したといいます。江戸期には、身延山久遠寺末触頭で、善立寺、宗延寺と並び日蓮宗(旧法華宗)江戸三大触頭の一つに連なる名刹です。

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日蓮宗寺院の蓮華寺は、谷中赤門寺とも知られるという蓮華寺で24日、清正公大祭が行われます。
 蓮華寺の境内に建てられた説明板によりますと、下総中山日蓮宗大本山法華経寺の第19世寂静院日賢聖人が一人静かに念仏を唱えるための隠室として約370年前に造られたのが始まりで、第3世常在院日在聖人によって、1631年(寛永7年)2月、現在の場所に、創建されたということです。
 山号は、寂静山。寺号は蓮華寺といい、古くから赤門寺として、また、六三除(九星をもとにした病気平癒の祈祷術)・虫封じの寺としても知られているのだそうです。

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根津・千駄木界隈 : 東京都台東区
Panasonic LUMIX DMC-TZ85 光学30倍ズーム f= 4.3mm ~129mm (35mmフイルムカメラ換算 24mm-720mm)
2016.05.22 撮影
【 2016/05/28 (Sat) 】 東京下町散歩 | TB(0) | CM(0)

根津・千駄木界隈 ③

寺社巡りの途中で創業100年と言ったレトロな珈琲店があり、多くの人が列をなしております。サイトで調べるとカヤバ物語なるものがありご紹介します。

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■カヤバ物語■ HPよりの抜粋です。
カヤバ珈琲の建物は、大正5年築、出桁造りの町家です。  昭和13年、この建物で榧場伊之助様がカヤバ珈琲を創業され、奥様のキミ様、養女幸子様が70年近く店を切り盛りしてこられました。
昭和の味と風情そのままの喫茶店は、谷中のシンボルとして、憩いの場、芸術談義の場として、長年親しまれてきましたが、平成18年秋、幸子様ご逝去の後、残念ながら店を締められました。
その後有志が集い、キミ様と店の復活を目指しました。
平成19年秋、今度はキミ様ご逝去の悲しみの中、店の再開を望むご親族や町の方と相談し、平成20年秋、NPO法人たいとう歴史都市研究会とSCAI THE BATHHOUSEが協力して建物を借受け、平成21年9月、カヤバ珈琲店を復活再生することができました。
改修にあたって、大正町家の柱梁や外観、昭和喫茶の思い出ある看板、椅子、カウンター、食器等を残し、昔の雰囲気を現代的な文脈で読みかえる空間づくりをしました。  ガラス天井の奧には、大正時代の梁と天井がほの見えます。
朝昼夜、雨晴によっても表情の変わる空間をお楽しみください。
上野公園の美術館と谷中のギャラリー、上野桜木と谷中寺町、過去、現在、未来をつなぐ場所として、今後とも、みなさまにご愛用いただきますよう、よろしくお願い申し上げます。

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日蓮宗寺院の大雄寺は、長昌山と号します。大雄寺は、日達聖人(元和8年1622年寂)が開基となり、慶長9年(1604)神田土手下に創建、万冶元年(1658)当地へ移転、伊豆玉沢妙法華寺末の江戸触頭を勤めていたといいます。境内には高橋泥舟の墓があります。

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谷中 岡埜栄泉公式HPよりの、ご挨拶を引用させていただきました。
明治33年創業、現在は4代目となります。 家族で営む 小さなお店ですが、ご好評頂けている「豆大福」「浮草」を主力商品として昔ながらの製法と伝統の味を守りつつ、精進していきたいと思っています。
岡埜栄泉の屋号は江戸時代から続くもので、暖簾分けの形になっています。 戦争当時、空襲の噂が絶えなかった谷中町は、警察署に被害が少ないようにと周辺を更地にしました。その際、よく観光の皆様に写真を撮って頂いている当店のシンボルとなる看板を お寺に預けて守って頂きました。
そして現在の建物は戦後すぐに建築したものです。 先々代が深川から木材を集めて建て直しました。
それがそのまま残っているということで台東区の「まちかど賞」を頂きました。
寺町の谷中ですが、現在は谷根千と呼ばれ、人気の谷中銀座・よみせ通りを中心に、谷中・上野桜木周辺の昔ながらの店の方にまでお散歩コ-スとしてお見え頂いております。当店は、谷中銀座商店街から8分ほどですが向かいに「愛玉子」さん、並びには おかきの「嵯峨野屋」さん、喫茶店の「谷中ボッサ」さん・「カヤバ珈琲」さんがあります。
少し歩くと、東京芸大・上野公園・博物館など 緑に囲まれ、のんびりした場所です。
皆様のご来店を心よりお待ち申し上げます。

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感応寺は、日蓮宗のお寺で、山号を光照山と号します。 歴史は森織部義安が開基となり、弘法寺十世日感上人が開山となり、1596年神田に創建され、明暦の大火後、谷中の寺町の真ん中に移転しました。

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天台宗寺院の法蔵院は、光雲山元導寺と号します。法蔵院は、慶賢法印が慶長17年(1612)神田北寺町に創建、慶安元年(1648)当地へ移転したといいます。

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天台宗寺院の大泉寺は、清林山和光院と号します。大泉寺は、宣高法印が開山となり慶長16年(1611)神田北寺町に創建、慶安元年(1648)当地へ移転したといいます。


根津・千駄木界隈 : 東京都台東区
Panasonic LUMIX DMC-TZ85 光学30倍ズーム f= 4.3mm ~129mm (35mmフイルムカメラ換算 24mm-720mm)
2016.05.22 撮影
【 2016/05/27 (Fri) 】 東京下町散歩 | TB(0) | CM(0)

根津・千駄界隈散歩 ②

寛永寺の境内は広く参拝者もまばらで気持ちが和みます。根本中堂の前にある鐘楼近くに慈海僧正の墓がポツリあり、チョット驚きました。墓は、初め凌雲院内にあったが、昭和三十三年東京文化会館建設のため寛永寺に移った。ようですが肝心の遺骨も移されたのでしょうか。何か墓碑のみのように思えてなりません。

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尾形乾山墓碑・乾山深省蹟
 尾形乾山(おがたけんざん)は、琳派の創始者として著名な画家・尾形光琳の弟である。寛文3年(1663)京都で生まれた。乾山のほか、深省・逃禅・習静堂・尚古斎・霊海・紫翠の別号がある。画業のほかにも書・茶をよくし、特に作陶は有名で、正徳・享保年間(1711~1735)輪王寺宮公寛王親王に従って江戸に下り、入谷に窯を開き、その作品は「入谷乾山」と呼ばれた。
 寛保3年(1743)81歳で没し、下谷坂本の善養寺に葬られた。しかし、月日の経過につれ、乾山乃墓の存在自体も忘れ去られてしまい、光琳の画風を慕う酒井抱一の手によって探り当てられ、文政6年(1823)顕彰碑である「乾山深省蹟」が建てられた。抱一は江戸琳派の中心人物で、文化12年(1815)に光琳百回忌を営み、『光琳百図』『尾形流略印譜』を刊行、文政2年(1819)には光琳の墓所を整備するなど積極的に尾形兄弟の顕彰に努めた人物である。墓碑及び「乾山深省蹟」は、上野駅拡張のため移転した善養寺(現、豊島区西巣鴨4-8-25)内に現存し、東京都旧跡に指定されている。
 当寛永寺境内の二つの碑は、昭和7年(1932)、その足跡が無くなることを惜しむ有志により復元建立されたものである。その経緯は、墓碑に刻まれ、それによると現、善養寺碑は、明治末の善養寺移転に際し、両碑共に当時鶯谷にあった国華倶楽部の庭へ、大正10年(1921)には公寛法親王との園により寛永寺境内に、その後、西巣鴨の善養寺へと、三たび移転を重ねたとある。
 なお、入谷ロータリーの一隅に「入谷乾山窯元碑」がある。
 平成11年(1999)3月  台東区教育委員会  所在地 台東区上野桜木1-14-11 (寛永寺)

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慈海僧正墓  (都指定旧跡) 上野桜木一丁目十四番十一号
 墓石の正面中央に、聖観音菩薩の像を彫り右側には「当山学頭第四世贈大僧正慈海」左側に「山門西塔執行宝園院住持仙波喜多院第三世」、背面に「元禄六年癸酉二月十六日寂」と刻む。
 慈海僧正は、学徳をもって知られ、東叡山護国院、目黒不動、比叡山西塔宝園院、川越仙波喜多院を経て東叡山凌雲院に入った。東叡山は、寛永寺一山の山号で、一山を統轄、代表する学頭には凌雲院の住職が就任することを慣例としたという。学頭は、また門主・輪王寺宮の名代をつとめうる唯一の有資格者であり、学頭の名のとおり宮や一山の学問上の師でもあった。慈海版として知られる『法華経』『薬師経』の翻刻や『四教義算注』『標指鈔』三十巻の著作がある。
 寛永元年(一六二四)目黒で生誕。七十歳で没した。没後、公弁法親王の奏請によって大僧正の位が贈られた。墓は、初め凌雲院内にあったが、昭和三十三年東京文化会館建設のため寛永寺に移った。

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天台宗寺院の浄名院は、寛永寺36坊の一つとしてとして圭海大僧都が開基となり寛文6年(1666)創建、享保8年(1823)に寺号を浄円院から浄名院へ改めたといいます。境内には、江戸六地蔵六番があります。

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下町風俗資料館付設展示場は、明治43年に建てられ、昭和61年(1986)まで谷中6丁目で営業していた「吉田屋酒店」を移築した展示場です。前土間、揚戸の出入口など江戸商家の建築様式を伝える貴重な建物です。館内には、酒を量売りしていた時に使用した大きな棹秤、枡、樽や徳利、宣伝用ポスターなどの資料を展示しています。


根津・千駄木界隈 : 東京都台東区
Panasonic LUMIX DMC-TZ85 光学30倍ズーム f= 4.3mm ~129mm (35mmフイルムカメラ換算 24mm-720mm)
2016.05.22 撮影
【 2016/05/26 (Thu) 】 東京下町散歩 | TB(0) | CM(0)

根津・千駄木界隈散歩 ①

『谷根千』と呼ばれて親しまれている“谷中・根津・千駄木”エリア。坂道に囲まれ、谷中霊園や70を越える寺社など見所もたくさん。一方では、人情と活気に溢れる商店街があり、散歩コースとしても人気が定着しています。のんびり歩きながら、文豪ゆかりの老舗やギャラリーカフェを覗いてみたり、路地裏でくつろぐ猫に足を止めたり…。日常の慌しさから逃れて、ゆったり楽しむことができます。
前回、谷中エリアを歩きましたが、今回は、根津・千駄木エリアを歩きます。JR鶯谷駅の南口を起点にして、まずは寛永寺に向かいます。

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厳有院殿霊廟勅額門は、上野にある東京国立博物館が平成13年(2001年)に独立行政法人となると、平成15年(2003年)秋から毎年、秋と春に庭園が開放されるようになった。その時から道路の向こうの厳有院殿霊廟勅額門を東博庭園の鉄柵越に見て来ているのだが、8年も経って、ようやくその道路から(少しだけ近くから)見ることができた。
 厳有院とは4代将軍徳川家綱公(寛永18年(1641年)~延宝8年(1680年))の院号である。厳有院殿霊廟は、延宝8年(1680年)に、もと家光の上野霊廟の勅額門であったものを転用したものと考えられている。国の重要文化財に指定されている。

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常憲院殿霊廟勅額門は、上野・寛永寺には常憲院殿霊廟勅額門がある。宝永6年(1709年)に建立されたもので、国の重要文化財に指定されている。
 常憲院とは、5代将軍徳川綱吉公(正保3年(1646年)~宝永6年(1709年))の法号である。綱吉公は3代将軍・家光の四男であり、館林藩主から将軍の座に着いた。「生類憐れみの令」を発した犬公方として知られる。また、元禄14年(1701年)、播州赤穂藩主の浅野内匠頭長矩が、高家旗本・吉良上野介義央に対して殿中松の廊下において刃傷に及び、内匠頭は即日切腹となり赤穂藩は改易となったが、その裁定を下したのは綱吉とされる。

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徳川綱吉霊廟勅額門(重要文化財)
五代将軍綱吉は、延宝8年(1680)5月に兄・家綱の死に伴って将軍の座につき、   宝永6年(1709)1月10日に63歳で没した。法名を常憲院という。綱吉ははじめ、善政を行い「天和の治」と賛えられたが、今日では「生類憐みの令」などを施行した将軍として有名。
 元禄11年(1698)9月、この綱吉によって竹の台に寛永寺の根本中堂が建立された。造営の奉行は柳沢吉保、資材の調達は紀伊国屋文左衛門と奈良屋茂左衛門である。又、それに伴って先聖殿(現湯島聖堂)が上野から湯島に移されている。

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寛永寺は、東京都台東区上野桜木一丁目にある天台宗関東総本山の寺院。山号は東叡山(とうえいざん)。東叡山寛永寺円頓院と号する。開基(創立者)は徳川家光、開山(初代住職)は天海、本尊は薬師如来である。
 徳川将軍家の祈祷所・菩提寺であり、徳川歴代将軍15人のうち6人が寛永寺に眠る。17世紀半ばからは皇族が歴代住職を務め、日光山、比叡山をも管轄する天台宗の本山として近世には強大な権勢を誇ったが、慶応4年(1868年)の上野戦争で主要伽藍を焼失した。

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寛永寺:根本中堂は、元禄十一年(1698)、現上野公園内大噴水の地に建立された根本中堂は、慶応四年(1868)彰義隊の戦争の際に焼失してしまいました。
現在の根本中堂は、明治十二年に川越喜多院の本地堂を山内子院の大慈院(現寛永寺)の地に移築し再建されたものです。
御本尊は、伝教大師最澄上人の御自刻とされる薬師瑠璃光如来像(国指定重要文化財)を秘仏としてお祀りしております。

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根津・千駄木界隈 : 東京都台東区
Panasonic LUMIX DMC-TZ85 光学30倍ズーム f= 4.3mm ~129mm (35mmフイルムカメラ換算 24mm-720mm)
2016.05.22 撮影
【 2016/05/25 (Wed) 】 東京下町散歩 | TB(0) | CM(0)

朝倉彫塑館

前回、谷中散歩で朝倉彫塑館の内部見学ができず、今日改めて入館料500円を払い館内に入るが入口で撮影禁止を告げられデジカメはバックの中に収納する羽目となり思惑が外れてしまい、公式HP掲載の画像を4枚拝借し掲載させていただきました。

朝倉彫塑館は、日本近代彫塑界の最高峰であり、文化勲章受章者である朝倉文夫が住宅兼アトリエとして使用していた建物です。
敷地全体が「旧朝倉文夫氏庭園」として国名勝に指定されており、建物は国有形文化財に登録されています。「墓守」「大隈重信候像」「仔猫の群」「時の流れ」など、朝倉文夫の彫塑作品を展示しています。
朝倉彫塑館は、平成25年10月29日にリニューアルオープンしました。

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3階屋上庭園から、1階中庭を眺める。

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新アトリエ棟の屋上菜園は、昭和初期に遡る鉄筋コンクリート建築の屋上庭園の事例として貴重である。ビワやオリーブなどの樹木が植えられ、周辺の花壇では、文夫が昭和2年(1927)に自邸とアトリエにおいて開設した「朝倉彫塑塾」の塾生が蔬菜を栽培し、日常的な園芸実習の場として使われた。
文夫の芸術思想の特質である自然観をよく表し、狭隘な空間に濃密に展開する庭園の芸術上・観賞上の価値は高く重要である。

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アトリエは、天井高8.5mの大きなアトリエの地下には電動昇降台の機構があります。三方向から光をとり入れ、壁面は丸みを持たせて仕上げています。光と影に配慮しているのが特徴です。

朝倉彫塑館 20160522-005
書斎は、「書棚は建物の壁のようにする」と言った、作り付けの書棚は、関東大震災を経た朝倉のこだわりです。

朝倉彫塑館 20160522-006
中庭は、丸みを帯びた海石は浮いて見えるように設置してあります。雨樋の蝶の意匠に気づきますか。

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朝倉彫塑館 : 東京都台東区
Panasonic LUMIX DMC-TZ85 光学30倍ズーム f= 4.3mm ~129mm (35mmフイルムカメラ換算 24mm-720mm)
2016.05.22 撮影
【 2016/05/24 (Tue) 】 東京下町散歩 | TB(0) | CM(0)

谷中界隈散歩 ⑦

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007 谷中界隈 20160515-061
天龍院は、臨済宗妙心寺派の寺院で、海雲山と号します。天龍院は、梅岩西堂和尚(承応2年1653年寂)が寛永7年(1630)神田に創建、慶安元年(1648)神田寺町へ、元禄14年(1701)当地へ移転したといいます。

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妙法寺は、日蓮宗の寺院で、龍江山と号します。妙法寺は、霊鷲院日恕が開山となり慶長13年(1608)神田に創建、谷中茶屋町への移転を経て当地へ移転したといいます。江戸時代には法華経寺末の日蓮宗寺院の触頭を勤めていたといいます。

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妙円寺は、日蓮宗の寺院で、円住山と号します。妙円寺は、円住院日如(慶長7年寂)が開山となり、慶長4年(1599)に創建、元禄17年(1704)当地へ移転したといいます。

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三崎坂は、谷中2丁目と3丁目の間を南東に上り、坂下で団子坂と向き合う坂です。この坂がある三崎町は三遊亭円朝の「怪談牡丹燈籠」の舞台にもなりました。右も左も寺ばかりで首を振り振り上り下りしたという説などから別名を首振り坂ともいいます。谷中の中央を東西に貫くメインストリートです。

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菊見せんべい総本店は、団子坂に佇む明治創業という老舗の煎餅屋さん。創業当時は団子坂名物の菊人形を見にきたお客さん用に、現在は谷根千散策のおみやげにと、変わらぬ人気を誇る。年代物のショーケースに入った数々の煎餅や丸いガラス瓶のおかきは、昔と同じ美味しさ。一枚一枚、丁寧に焼き上げる職人技が活きた、著名人にも愛される逸品だ。

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 東京メトロ:千駄木駅


谷中界隈 : 東京都台東区
Panasonic LUMIX DMC-TZ85 光学30倍ズーム f= 4.3mm ~129mm (35mmフイルムカメラ換算 24mm-720mm)
2016.05.15 撮影

【 2016/05/22 (Sun) 】 東京下町散歩 | TB(0) | CM(0)

谷中界隈散歩 ⑥

ブログ投稿に際し、朝倉彫塑館のことを調べ、館内を見学をしなかったことを悔やみ次回(根津・千駄木界隈)散歩の折りに立ち寄りたいと思っております。

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朝倉彫塑館(あさくらちょうそかん)は東京都台東区谷中七丁目にある明治 - 昭和の彫刻・彫塑家であった朝倉文夫のアトリエ兼住居を改装した美術館である。1986年に台東区に移管され、現在は公益財団法人台東区芸術文化財団が運営・管理を行っている。

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岡倉天心記念公園は、東京美術学校(現・東京藝術大学)の設立にかかわり、また日本美術院を創設した岡倉天心の旧居跡。 五浦のものを模した六角堂があり、中には天心坐像が据えられていますが、 公園のなかのいたるところに六角形が潜んでいます。 かなりの徹底ぶりなので、探してみると楽しいかも。

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加納院は、新義真言宗の寺院で、長谷山元興寺と号します。加納院は、尊慶(寛永13年1636年寂)が開基となり、慶長16年(1611)神田北寺町に創建、延宝8年(1680)当地へ移転したといいます。御府内八十八ヶ所霊場64番札所です。

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築地塀は、観音寺境内の南面にある、長さ37.6m、高さ高さ2.06mの塀。この塀は、名称を「築地塀」といい土と瓦を交互に積み重ねてつくられた土塀で、その上には更に屋根瓦が重ねられているという変わった形状になっています。また、この築地塀は国登録有形文化財(建築物)にも指定。平成4年には台東区が、区内の景観形成に貢献した建造物に贈る「台東区まちかど賞」を受賞するなど、お寺が多く風情のある谷中の中でも特に雰囲気が素敵な場所として地域の方々にも愛されているようです。

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全生庵は、山岡鉄舟居士が徳川幕末・明治維新の際、国事に殉じた人々の菩提を弔うために明治十六年に建立した。尚、居士との因縁で落語家の三遊亭円朝の墓所があり円朝遣愛の幽霊画五十幅 明治大正名筆の観音画百幅が所蔵されている。


谷中界隈 : 東京都台東区
Panasonic LUMIX DMC-TZ85 光学30倍ズーム f= 4.3mm ~129mm (35mmフイルムカメラ換算 24mm-720mm)
2016.05.15 撮影
【 2016/05/21 (Sat) 】 東京下町散歩 | TB(0) | CM(0)
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のぶさん

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Doblog から引越し、早いもので6年を経過し、訪問者も延べ10万人を超え喜んでおります。
千葉市に住み39年、気侭にデジカメ散歩を楽しむ、のぶさんは、孫から、ジイジと呼ばれております。
これからも、元気の証としてブログに写真投稿を続けます。(2015.06.16)

写真は、桔梗の花 
 2010.07.08 撮影

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